『 楠原牢屋跡 』で実際に起きたこととは
楠原教会を離れ、ホテルへ向かう途中に
「予定にはありませんが、ここにも行っておきましょうか、せっかくですから…」
とドライバーさんが気を利かせて、ある場所に私達を連れていってくれた。
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【五島列島】 楠原教会 潜伏キリシタン聖地巡礼の旅 ~1日目(9)
『 楠原教会 』を訪問 本日最後の巡礼先の『 楠原教会 』。 レンガ造りの重厚な建物だ。入り口に立つ椰子の木がいかにも南国っぽい。 そしてこの教会は、数年前にインドのゴアで訪れた、あの聖フランシスコ・ ...
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そこは、「楠原牢屋跡」と呼ばれている場所で、まさにキリシタンの弾圧が行われた場所。
いわゆる「五島崩れ」と呼ばれる五島列島全土に広がるキリスト教弾圧の中、狭い牢屋に信じられない数の信徒たちが押し込まれ、飢えや渇きで悲しくも命を落としていった現場なのである。
こちらの農民像はカトリック信徒によって作成された「祈りの像」。貧しくも祈ることで心の安らぎを得ようとしている姿が感慨深い。
そしてその向かい側には牢屋跡を示す小屋も。
この小さい小屋は、1868(明治元)年の「五島崩れ」当時に牢屋として使われていた、ある屋敷の材木を用いて縮小復元したものであるが、ドライバーさんの話によると、床に座ることすらできない位すし詰め状態でキリシタンらが押し込まれていたのだと(T-T)
歴史を知らない外国人がこの風景を見たら、単なる空き地にしか見えないかもしれない。
が、その質素さ、素朴さが、余計に当時の惨事を思い起こさせて辛い。
当時弾圧被害を受けたキリシタンたちが天国で安らかに過ごせるよう、心の中で深く祈らずにはいられなかった。
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楠原牢屋跡 | 教会めぐり | 【公式】長崎観光/旅行ポータルサイト ながさき旅ネット
www.nagasaki-tabinet.com
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